お弁当と戦う!ほふく前進、時々背水の陣で

健康

福島と東京の2拠点生活も4半世紀が過ぎました。8年前までの生活のベースは、私一人が東京で、家族が福島にいて、行ったり来たりでしたが、長男が都内の学校に入るのをきっかけに、東京ベースでの生活が私と息子の男二人になりました。

ハッキリとは覚えてはいませんが、入学するにあたって何かリクエストある? と息子に聞いたら「弁当がほしい」と返ってきました。

「んっ」と思いましたが(今まで人のために料理をつくったり、ましてや弁当は作ったことがありません。自分の弁当も作ったことが無いのに、、、笑)、「了解!」と気安く引き受けました。

早速、お弁当のレシピ本を買い、お弁当箱を買い、妻から必要な調理道具を教えてもらいそろえました。準備万端。

いざ、やってみて最初に感じたことは「弁当って思ってた以上に、手間がかかるんだなあ」。今まで何個のお弁当を食べたか想像もできませんが、100%食べるの専門だったので、、、。「お弁当を創る」とう表現がぴったりで、仕事とはまったく違う脳の部位を使っている感じです。脳の老化防止に役立つかも。

そして、「お弁当は計画性を問われる」ということ。前の日にご飯を炊いて、おかずのメニューを考えて、おかずの仕切り(アルミや紙のギザギザカップ)はまだあるかなー、梅干しは無くなっていないかなーー、、、携帯用マヨネーズはあったかなーーー等々、今までと違った脳みそを使っている感じです。でも、息子との大事な約束があるので、、、まずは「やってみよう!」とお弁当作りを継続的にスタートさせました。

お弁当は、月曜日から金曜日の毎日ですので、おかずを買い忘れたり、ノリを切らしたり、焼きすぎたり、、、かなり失敗しました。慣れるまで大変でしたが、1か月を過ぎたあたりから「お弁当準備計画」のルーチン回路が頭の中に出来てきて、お弁当の準備が生活の一部になりました。時々、仕事中にこんなことも起きました。

シビアなテーマのミーティングの最中に、ふと、魔が差したように「明日の弁当のおかず、何にしようかな?おかずあったかな?」と自然に頭の中に湧き上がってきて、、、その瞬間、自分自身でも笑ってしまいました。お弁当作りが生活の一部になった証拠でもありますね(笑)。

仕事柄、出張が多かったのですが、私の仕事の都合や体調不良でお弁当作りをやらなかった日は、数年間で一度もありませんでした。これは、私自身の中で「息子に対する親父の約束(自己満足ですが)」になっております。3か月も過ぎるとお弁当のために、自然とスムーズにカラダが動くんですね。ある九州日帰り出張の朝などは、朝4時に起きてお弁当を作って、5時に家を出て、羽田空港からの6時代の朝一便に乗る。なんてことも度々ありました。もちろん機内では、気持ち良く爆睡ですが、、、。

お弁当を作り始めてのもう一つのメリットは、スーパーでの食材の価格が「高いのか、安いのか」がわかってきたことですね。これはとても良い感覚の勉強になりました。もやしが10円、レタスが200円、高いのか安いのか、、、。お弁当の食材買い出しにちょくちょくスーパーへ通っていると、自然と覚えてきました。この感覚は、今後の生活の中でも役に立つ感覚かと思います。

以上が、お弁当作りで体得した(大げさですが)内容です。何気ないことかもしれませんが、これからの生活に必要な経験でしたね。

男子厨房に入らず、、、は過去の話。「自分の健康は自分で守る」を考えた時、口から入るもので健康はできていますので、大した料理はできなくても、台所に立つことは食器洗いも含めて、これからの「健康維持」にはとても大切かと思ったお弁当作りの経験でした。めでたしめでたし。

<オマケ> 最後に、、、お弁当と戦った私の小さい小さい歴史の一部をどうぞ、いやーーお粗末様でした。

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